残しておいてはいけないもの

2011年04月27日

最近、断舎利という言葉をよく耳にします。

仏教用語らしいですが、余分な物を捨ててシンプルに生きよう!みたいな事と理解しています。

我が家も、家を建てて10年。知らず知らずのうちに、いろんな物が溜まってきました。

私も、約半世紀を生き、この先、いつどうなるかはわかりませんから、この辺で、ある程度、処分しておこうと
最近ちょこちょこ片付けをしています。今日は、ここの引き出しひとつ、とかです。

いつか、着るかもと思って、もう何年も、袖を通してない服やら、旅行のパンフやら、ショップの紙袋類まで、また見るかも、いつか使うかもと取ってあったものや、
基本、今自分が、この世を去っとき、ほかの人に見せたくないもの、また残しておいたら、家族が処分に困るものも捨てようと思います。

今日は、小さなクローゼットを片付けました。
昔、お友達から貰った手紙とか結構取ってあったので、それも思い切って処分。みんな、元気だし、また会えばいいですから。

そこに、私が、結婚前に主人に宛てた一通の手紙を発見。
こんなもん、書いたっけ?!
チラ読みして、「ぎゃ〜」って感じでした。
もちろん、速攻、ゴミ袋へ直行でした。  


Posted by 梅子 at 16:41Comments(2)日記

先生

2011年04月24日

夕べは、PTA主催の先生の歓迎会でした。
新しい先生を迎え、楽しいひと時でした。

いつも、思うのですが、先生という職業を選ぶ人ってすごいな~と。

私が小学校3年生の時、たて笛がとても得意で、吹けない男の子に教えるように先生に頼まれました。それが、その子が、教えても教えても、全然吹けなくて、頭にきた私は
笛でその子の頭を殴った、いえいえ、こづいた事があり、幼心に、私に先生は向いてない、将来、人に物を教える職業にだけは就かない、と思ったのでした。

それが、数年前、知り合いの人から、うちの息子に英語を教えてやってもらえないだろうか、との依頼を受けました。そんな、人に教えるような英語力なんてないし、最初は断ったのですが、どうしてもいう事で、一年生なら、まだbe動詞とかだし、息子たちの使った、いや、ほとんど使ってない教材は一杯あるし、と言う事でお引き受けしました。

我が子の勉強を見てやるときには
「こんなのも分からんと?ちゃんと授業聞いとっとね?」とか、「さっき、教えたやろ!!」
と、口も、手も出てしまうのに、
他所のお子様に教えるときは意外にも
「分からんかった?じゃあ、もう一回やってみようか。」なんて、天使のように優しく教えられる私に、大人になったな~と自分でもびっくり。

そして、数か月が過ぎ、3学期の終わりごろ、雑談の中で
「A君の得意教科は何?」と聞いたところ、
「英語です。」との答えに、驚きました。だって、お父さんからは、クラスでほぼ最下位に近いとい聞いていたんので。
それが、今度の期末テストでは、男子で一番になり、先生にも、
「だいが~、勉強したろう!」と褒められたそうで、彼の嬉しそうな表情に私も嬉しくなりました。(あくまでも、本人の力です。だって、うちの息子たちの成績は・・・)

残念なことに、その後すぐに、彼は引っ越す事になり、これからも、頑張ってね~とお別れしました。先日、見知らぬ番号からの電話に、恐る恐る出てみると、
「Aです。高校に合格しました。」と、彼からの電話でした。すっかり、声変わりして、最初誰だか、わかりませんでした。反射的に、「おめでとうございま~す。良かったね。」と答えながらも、実は。「誰?誰?間違い電話じゃないの?」と考えていました。ごめんね~。
私にまで、わざわざ報告してくれてとても嬉しかったです。

その後、お父さんと話す機会があったのですが
「あの頃、息子は色んな事で悩んでいて、精神的にどん底で、とても苦しんでいた。
でも、英語の成績が上がったことが、彼の自信にもつながって、とても救われた。
あの時、英語を習ってなかったら、今頃どうなっていたかわからない。」とまで言われて、
びっくり仰天でした。
そんな事、何にも知らなかった!

その事を聞いて、先生という職業の醍醐味とそれを目指す人の気持ちがちょっとだけ理解出来たと共に、やはり、その責任や難しさも、改めて、ひしひしと感じた出来事でした。

やっぱり、先生って大変な仕事ですね。
  


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揺れました

2011年04月20日

5日間、東京にいる間に、何度も地震がありました。

大きいのが2回。多分震度4だったと思います。

一回目は、商業ビルの2階にいました。
商品が落ちる事はなかったですが、フックに掛けてあるものは、かなりゆらゆらと揺れていました。私は、ただ、呆然と立ち尽くしていましたが、お店の方たちは、さっとドアを開けたりして、やはり日頃から訓練されているのがわかりました。
しばらくは、携帯も通じなくなりました。

二度目は、羽田空港の国際線ターミナルを見学していた時でした。
手ぬぐい屋さんにいると、緊急地震警報のサイレンがなり、その後強い揺れが来ました。
お店の方から、頭に額が落ちてくるかもしれないので気をつけてください!と言われましたが、どこが安全なのかわからず戸惑いました。

この程度の揺れでも、怖かったのですから、3月11日の地震は、本当に怖かった事と思います。

羽田も、人が少ないように感じました。




早く、余震が収まって欲しいものです。

放射能の事ととか、東京に残していく息子の事は、気にはなりますが、あまり心配しても仕方ありませんしね。地震に気をつけてと言っても、自然災害は、自分ではどうしようもありませんから。

とにかく、火の元と女には、気をつけろと言って別れました。


羽田国際線ターミナルにはプラネタリュームがあって、星座に弱かった私は、勉強のため入館してみました。(500円でした。)
馬見原に帰って、早速、星空を眺めると、少し星座がわかりましたよ。
入って見て良かったです。  


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東京でのお買い物

2011年04月15日

一日目は、私も前から行ってみたかったIKEAに、家具を見に行ってきました。

私自信が欲しくなる小物も沢山ありましたが、ここは我慢。
しかし、とにかく広くて、足が痛くなってしまいました。

2日間は、ニトリや電気屋さんやリサイクルショップを回って、夜は家具を組み立てたりして、なんとかかんとか、生活ができるように整いました。

三日目に時間の余裕が出来たので、お母さんの行きたい所に行っておいでの事。
実は、一か所だけ、行ってみたいショップがあって、こっそり地図をプリントアウトしてきたのでした。

そこは、ネットでたまたま見つけて、素敵なお店だな~と思ってはいたのですが、住所を見たら、息子のアパートのわりと、近くじゃありませんか!
これは行くしかないでしょう、と機会を秘かにねらっていたのでした。

その日、仕事がお休みだった義妹と二人で行ったのは、二子玉川のColorsという、
西洋古道具屋さんです。

うちの店では昭和レトロな懐かしい物を置いてますが、自宅はおばあちゃんの部屋以外畳の部屋はない洋風の家なので、最近ブロガントな物に惹かれています。

見ているだけで、楽しいお店でした。
なかなか、本物のブロガントには手が出ませんが、薬びんとか、サインプレートなどの古道具風な物をいくつかゲットしました。



息子の見つかると、「また、母さん、そんなくだらんもん買って。」と怒られるので、そそくさと、トランクの奥に隠しましたとさ(笑)


  
タグ :雑貨屋


Posted by 梅子 at 21:25Comments(2)日記

東京の桜

2011年04月13日

この春から大学に入り、一人暮らしを始める息子をサポートするため、しばらく東京へ行っていました。
正確に言うと、東京にほど近い神奈川県ですが。

武道館での、入学式は、震災の影響で中止となりました。
「俺も、ついに武道館デビューか。」と本人も楽しみにしていましたし、親としては残念な気持ちもありますが、こんな状況だからこそ、学べる幸せを噛みしめて、しっかり4年間を過ごしてほしいと願っています。

東京はどこも桜が満開でした!電車からは、あちこちの桜並木が見えて、所々で、桜祭りも行われているようでした。

息子のアパートのすぐ近くには、向ケ丘遊園という広い公園があって、そこも桜がとてもきれいでした。中には、バラ園もあるようです。
その、すぐ前に、不二子藤夫ミュージアムが建設中で、そのうち、うちの息子がドラえもんの着ぐるみを着てバイトしているかも知れません(笑)


(アパート隣の小さな子供公園の桜)

JRの宿河原駅近くにも、桜並木が素敵な場所があって、昔ながらの商店街もあり、なかなかいい感じの所でした。




親戚の家を訪ねた帰り、ちょっとだけ、横浜散策を。
こんな、桜を見つけました。






昨夜東京から帰って来て、今夜は、馬見原のお隣、五ヶ瀬町の、夜桜を見て来ました。
五ヶ瀬町は、あちらこちらに沢山の枝垂れ桜が植えてあり、夜はライトアップされていて、
とてもきれいでしたよ。
宮崎県の天然記念物にも指定されている、樹齢250~300年と言われている浄専寺の枝垂れ桜は、圧巻でした。これは、見る価値があります。
デジカメ持って行ったのに、カードを入れ忘れました。ぜひ、実物を見に行ってみてください。
東京見聞録は、おいおいアップしますね。
  


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実用的英会話

2011年03月29日

前回の英会話教室は、電話の受け答えの練習でした。

一般的な、
「こちらは、○○です」

「少々お待ち下さい。」

「伝言をお願いします。」
などを練習したところまでは、普通の英会話教室です。

ここからが、この教室の面白い所。
色々なシュツエーションを想定して、2グループに分かれて、やり取りします。

例えば、カジノで負けて、すっからかんになった人が、朝4時にカジノの上のホテルで眠っている友達に電話して、なんとかお金を貸してもらおうとする・・・とか。

仕事で遅くなると、電話してきた彼氏と、最近彼氏の様子がおかしくて浮気を疑っている彼女のやり取り・・・とか。

みんな、アドリブがうまいんですよ。

トゥルルートゥルルー♪
「もしもし」
    「よしおだけど、今晩仕事で遅くなるから」
「え、なんで。せっかく、肉じゃが作ったのに。」
    「先に食べといて。」
で、色々やり取りがありまして・・・・・

「私と、仕事どっちが大切なの!?」
   「仕事・・。」
ガチャン!!ツーツーツー
    「もしもし?もしもし?」


ねっ、とっても、実用的な英会話教室でしょう!(そうかな~?)

最後に、先生が

「あの~、お願いがあるんだけど。今のシュツエーションを、日本語でやってもらえないかな~。とっても、興味あるし、勉強になるから。」だって。
なんじゃ、そりゃ。
なんか、わけのわからない教室でもあります。

先生、日本人の彼女が出来た時の為の練習ですか・・?





先生のお誕生会  


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なごり雪

2011年03月25日

「初市が終わらないと、春は来ない」

の言葉通り、

今朝起きると、雪が積もっていました!




さすがに、びっくりしました。

お昼は、お天気回復しそうです。

初市、賑わうといいのですが。  


Posted by 梅子 at 09:41Comments(4)日記

祝MVP

2011年03月01日

昨日は、長男の高校の卒業式に行ってきました。

小雨の中、フーフーと息を切らし、丘を登って、会場に辿り着き、
受付を済ませ、席について、ほっと一息。

頂いたプログラムを、開くと、
学校長賞の所に、息子の名前が!!それと、皆勤賞も!

感無量でした。
月末で忙しく、出席出来なかった主人にも、すぐに電話しました。

色々つらいこともあったけど、あの時の選択は間違いなかったと思います。
http://iwashiroya.otemo-yan.net/e189097.html

3年間よく頑張りました。母からも、大きな「はなまる」をあげます!
今日は、親ばかですみません。

いつも、コメントから、野球の応援などしていただき、ありがとうござました。  
タグ :卒業式


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卒業記念写真

2011年02月26日

来週、高校を卒業する長男が
「俺の制服姿の写真ってあるっけ?」

そういえば、野球のユニフォーム姿の写真は山ほどあるけど、制服姿は、
入学式の一枚だけ。
しかも、本人が着たかった制服とは、違っていた為か、仏頂面そのもの。

その春にあった親戚の結婚式で、制服を着ていく時、長男が言った一言で、その制服、(つまりその学校に)とてもコンプレックスを持っているのだと気づきました。

だから、上の言葉を聞いた時、
「あ~、この3年間で自分の学校に誇りや愛着を持てたのかな。」と嬉しく思い
「じゃあ、家族で卒業記念写真を撮りに行こう!!」と、昨年、ブログでお知り合いになり、何かとうちの3人の息子たちを応援して下さっている「写真のおやまさん」へ、みんなでお邪魔しました。
http://iwashiroya.otemo-yan.net/e371980.html

素敵な写真が出来上がったのはもちろんですが、撮影自体が、とっても楽しくて、
家族にとって、とてもいい思い出になりました。

息子たち、「小山さんって、若いよね。」
とか、「いい人だね。」とか「おもしろい人だね。」て言ってました。

だって、「おもしろい写真屋さん」 http://yroyama.otemo-yan.net/ だもん!

  


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脳に刺激を

2011年02月22日




夕べの、英会話教室は5人の出席でした。
まず、「Asian Youth Forgetting How to Write」と題したアジアの若い人たちが、携帯電話やパソコンに頼り過ぎて、文字(漢字)が書けなくなっているというレポートを読みました。

(あ~、身につまされるう~。最近、領収書に書く名字の漢字が出てこない・・・。あっ、これは、歳のせい?)

それから、もし文字を書くこと、祭り、伝統料理、友達、英語を忘れたら、または失ったら、どういう問題が起こるか、そして、その問題を食い止める為には、どうすれば良いかを討論せよとの、ミッション。
難しかった~。日本語でも、なかなか、考えがまとまらないのに、英語でなんてね。

その後は、ペンの方が携帯電話より重要だ、というグループと、携帯の方がペンより重要だという、2グループに分かれ、ディベートの練習でした。

そもそも、ディベートって日本人は苦手ですよね。私たちの時代は、ほとんどそんな教育はなかった様な気がします。相手を言い負かすというのは、あまり美徳とされてこなかったのでないでしょうか。でも、これからの時代そういう練習も若い人には必要でしょうね。

先生は、いつか、蘇陽チーム対矢部チームでディベート対決しようと、意気込んでいましたが、みんな無理無理って言ってました。

だって、最近日本語も出てこない事さえあるのに。

でも、難しかったけど、楽しかったですよ。みんな、たどたどしい英語や、単語だけだったりですが、相手になんとか通じればいいのです。たまには、頭を使って脳に刺激を与えないとね。
ちなみに、刺激って単語は、Stimulationです。これも、夕べ覚えました。
一回の授業で、一つの新しい単語でも覚えられれば、それでいいと思います。


  
タグ :英会話


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14歳で兵士になった父

2011年02月12日

映画「太平洋の奇跡」が公開中ですね。
今まで、戦争映画など、あまり興味がなかった私ですが、最近戦争について考える事があり、これはぜひ、見に行きたいと思っている所です。

昨年、実家近くで三男の野球の試合があり、私の父も応援に来てくれました。

孫が野球を楽しむ姿を見ながら父がぽつりと言った一言が、妙に心に残ったのです。
「俺が軍隊に入ったのは14歳、身長が158センチだったなあ。」

それは、まさに、ちょうどその日14歳の誕生日を迎えた三男と同じ背丈でした。

今まであまり、戦争の話をしなかった父ですが、すでに80歳を超え、私たちに伝えておきたいと思うようになったのか、最近実家に帰るたび、ぽつりぽつりと当時の事を話すようになりました。

お正月に帰った時、父が所属していたという、
「海軍特別年少兵」の事を話してくれたのですが、今、戦友とは交流があるのかと聞いたところ、
自分は引っ越しが多かったので、戦後一切連絡もなく、その頃の戦友と会ったこともないとのことでした。

私は、ネットで見たら何かわかるかも知れないと、「特別年少兵」というものを調べてみたのですが、色んな資料を読むうちに父が10代をどんな風に過ごしたが見えてきて、
涙が止まらなくなってしまいました。

「特別年少兵」というものがどういうものだったのか、全く知らなかった私ですが、幼くして命を落としていった少年たちの存在、そしてそれが今「幻の軍隊」また「昭和の白虎隊」と呼ばれているという事を初めて知りました。


父の話は、いつも淡々としたものでしたが、他の人が書いた手記から、その軍隊での訓練は地獄の毎日だったようです。

たとえば、父は「カッター漕ぎの訓練があったな。」と、懐かしそうに話していましたが、
父と同期のある方の手記には、「カッター漕ぎの訓練は、手の血豆が破れ、ついには尻の皮がむけ、
オールも舟も血だらけになって上陸し、焼けるような地面に座らせられ、飛び上がるような痛さだった。」というような、記述がされていました。きっと、父も同じ体験をしているに違いありません。

海軍特別年少兵というのは、中堅幹部の育成を目的としていたため、午前中は、
普通の学校と同じ授業があり、数か月ごとの試験のたびに成績によって、クラス編成があったそうです。
午後の厳しい訓練の後も、すぐに寝ることも許されず、明日の授業の予習や宿題をしていかなければ、教官からこっぴどく殴られたりしたそうです。

いくら、お国の為と志願して入隊したとしても、まだまだ幼い14歳の少年たちにとっては、罵声と暴力の過酷な日々だった事は想像に難くありません。



ネットでの検索で映画「おとこたちの大和」が、特別年少兵を描いた作品であることを知りました。普段、邦画はほとんど観ないので、それが戦争映画であるとか、戦艦大和の話であることぐらいしか知らなかった私は、早速DVDを借りて来ました。

セーラーカラーの水兵の制服に身を包んだ少年たちを見て、私の知らない少年だった父に出会えたような気がしました。
もし、私が、30年も若ければ、主人公に恋心を抱く蒼井優演じる可憐な少女に自分を重ねたでしょうが(しかも、その子の名前が私と同じだったし)、今、3人の息子を持つ身としては、息子を戦場に送り出す母の気持ちに同調する方がはるかに容易でした。

父の両親、つまり私の祖父母も、父に会うために、三重県の山の中から、わざわざ長崎まで面会に来たそうです。汽車を乗り継ぎ、乗り継ぎ、どれだけの時間と費用がかかった事でしょう。それでも、息子に一目会うため、駆けつけた祖父母の気持ちは痛いほど理解できます。
DVDを見ながら、父の母になったような、不思議な感覚になりました。


父たちが、訓練を終える頃には、もう日本は敗戦へとまっしぐらの状態で、乗るはずだった潜水艦も戦艦もすでになくなり、飛行機の整備に回され、終戦を迎えました。
1, 2年早く生まれた少年たちの多くが、海で命を落とし、幸運にも父は助かりました。
そして、私たちや孫たちにその命を繋げてくれました。

自分が14歳だった頃、それなりに勉強、部活に頑張っていたつもりではあるけれど、
父の目には、どんなにちんたらした毎日を送っているように見えた事だろうと思います。
しかし、父からは一度も、「俺が14歳の頃はなあ~、・・・・」などと言う言葉を聞いた覚えはありません。

青春を軍隊で過ごし、戦後は生きるのに精一杯、結婚してからは、家族を養うため懸命に働いてきた父に、自分が平穏に暮らしているという事だけでしか、親孝行ができていない情けない状態ですが、実家に帰るたびに
「色々な事があったけど、いい人生だった。今は、楽しかった事しか覚えとらんな。」と口癖のようにつぶやく、父の言葉に救われています。

長崎ハウステンボスの脇の公園に「特別年少兵」の碑が建っているそうです。
機会があれば、訪ねてみたいと思います。




特年兵について、ご興味のある方は、こちらも読んでみてください。
「海軍特別年少兵」http://www.geocities.jp/bane2161/kaiguntokunenhei.html
「私の体験した大東亜戦争」http://www.fureai-net.tv/daitoua/


  
タグ :特別年少兵


Posted by 梅子 at 15:19Comments(7)日記

修学旅行

2011年01月24日

昨夜、次男からの電話。

「2月1日から修学旅行に行くから、お土産何がいい?」


    「なんもいらんよ。」


「えっ?!いらんと?なんで?
  浅草とかにも、行くとばい。そんな~、俺だけ楽しんだらいかんだろ。」


息子よ、母も勝手に色々楽しんでますから、ご心配なく。けけけ。

しっかり、楽しんで来てください。

   


Posted by 梅子 at 14:22Comments(4)日記

この寒い中、野球です。

2010年12月25日

クリスマスおめでとうございます!
こちらは、今朝から、粉雪が舞い、屋根にはうっすらと積もっております。


こんなに寒いのに、三男は藤崎台球場で、野球の試合です。
中学生にとっては、憧れの藤崎台。

先ほど、先発ピッチャーに指名されたとの電話が主人からありましたが、
最近ほとんど練習してないのに、大丈夫かな~。
大丈夫じゃないだろうな~。まあ、できたしこです。

それにしても、今日は朝6時出発なので5時半に起きると言っていたのですが、
主人が間違って4時半に起こすもんだから、それから眼が覚めて寝むれませんでした。
張り切り過ぎだろっ!!

まあ、私はベッドの中から、「行ってらっしゃい」でしたけど。ははは・・・。
  
タグ :藤崎台球場


Posted by 梅子 at 10:56Comments(3)日記

先生、ありがとう。またね。

2010年12月16日

高森キリスト教会の宣教師、ユーレラ・スプア先生が、昨日亡くなられました。
86歳のご生涯でした。

60年前の戦後間もないころ、戦争で荒んだ日本人の心にキリストの愛を伝えるため、
カナダより来日され、神様に自分の人生の全てを捧げ、
日本人の為に、ご奉仕し続けてくださいました。

いつも笑顔で、時には母のように、時には姉のように、
誰にでもわけ隔てなく接してくださっていた姿を、
みんな、けっして忘れることはないでしょう。

本当に、数えきれない人たちが、スプア先生から愛をうけ、
先生を通して、沢山の人が救われました。


「私のお葬式の時は、大好きな神さまのもとに帰ったのだから、
泣いたり悲しんだりせず、みんな、派手な服を着て来て、一緒に喜んでね。」
とおっしゃっていた先生。

今日は、ちいさなお別れの会がありましたが、私も普段着で出席しました。

先生の好きだった讃美歌や聖歌を歌い、みんな、ちょっぴりの涙と笑顔のお別れでした。

先生らしく、ご遺体は、遺言通り、大学医学部に献体されました。

最後の最後まで、日本人の為に尽くして下さった先生に、心より感謝申し上げます。
また、いつかお会いできる日を楽しみにしています。
  


Posted by 梅子 at 16:30Comments(4)日記

どうやらこうやら20年

2010年10月30日





今月で、めでたく結婚20年を迎えました。

随分過ぎてしまいましたが、今週、熊本市南坪井のフランス料理店
「赤煉瓦」さんで
20年間のお互いの労をねぎらいました。

実は、ここの、オーナーシェフは、馬見原のご出身。
ご実家は、我が家の二軒お隣です。

季節感にあふれたお料理は、もちろん最高においしかったです。

また、来年も来られるように、2人とも一年間元気で頑張りたいと思います。

バラは、赤煉瓦さんからのプレゼントです。主人からではありません。
  
タグ :赤煉瓦


Posted by 梅子 at 17:44Comments(13)日記

猛暑?

2010年09月06日

記録的な暑さとかで、猛暑、猛暑と言われている今年の夏。

9月になっても、どこも暑いみたいですね。

でも、私としては

「そんな、暑かったっけ~??」


ここ馬見原は、もちろん外に行けば暑いんですが、
家の中は、涼しい風が吹いていて、汗だらだらとか、暑くて眠れない
なんて事はありません。

毎年、数日ぐらいはは使うこともあるリビングのエアコンも、
今年は、出番もありませんでした。

まあ、そんなに暑さを感じる事がなかったって事は、
私が、外に出てないってことですかね。


夏休みも、盆休みもなく、土日もないし、
お祭りの時も、2日間、店からほとんど出ることもなかったですからね。

私のバッテリーも切れかけております。

明日から、息子も宿泊学習でいないことだし、
そうだ、私も、旅に出よ~っと。

人並みに猛暑を体験してきます?!  


Posted by 梅子 at 15:20Comments(4)日記

最後のマウンド

2010年08月01日

3ヶ月振りに、長男が自宅に帰ってきました。

昨日の、南九州大会で、鹿児島実業に5対0で完敗。
息子の目には涙はありませんでした。自分なりに、満足したのだろうと思っていたら、
「あまりにも不完全燃焼過ぎて、涙もでらんかった。」だそうです。



まあ、人生、そんなこともあります。
とにかく、偶然出会った野球好きの仲間と、ここまで、やって来られてよかった。
一時は、チームがばらばらで、キャプテンも練習に来ない、来てもみんな口も利かない、
なんて頃もあったのですから。(ルーキーズかっ?!)

「おれ、野球やめようかな。勉強も、せなんしたい。」と言い出したのはその頃だったかな。
勉強なんて、ただの言い訳にしか聞こえなかったな。
練習にも行きたくなくなっていた時、
「とりあえず、グランドに行ってみようよ。」と、
いつも誘ってくれたH君、ありがとう。


(試合後のミーティングで最後の円陣)



夕べ遅くに自宅帰って来て、
「あ、ユニフォーム洗わなんかった。」って。

最後ぐらい、母が洗ってあげますがな。
泥まみれのユニフォームをたわしで擦りながら、
「ああ~、栄冠は君に輝く~♪」と一人歌っておりました。

毎日、自分で洗濯して、毎試合ごとに30分かかって、
自分でゼッケンを縫い付けていた、ユニフォーム。
もう着ることもないですね。





これで、息子の夏も、終わっ・・・てません!
明日には、課外授業のため、また寮に帰ります。
そう、受験生だったんだ!

さて、今度は、大学受験に向けて、
全力投球、完全燃焼で、よろしく。

今日の熊日新聞に、写真が載ってました。投げてるとこでも、打ってるとこでもなく
「最後のバッターに声援を送る文徳ナインたち」だって。微妙~。




ブログに応援コメント下さっていたみなさん、球場まで来て下さったみなさん、ありがとうございました。  
タグ :軟式野球


Posted by 梅子 at 15:29Comments(12)日記

みんな、ありがとう!

2010年07月20日

一年生の時から、とっても仲良しの保護者。ほとんど毎試合、夫婦で応援に来られます。

そして、卒業生とその保護者の方々さえも、しょっちゅう、差し入れを持って応援に駆けつけて下さり、感謝に堪えません。


人数は少ないながらも、いつも楽しく応援しています。

でも、今日は違いました!
校長先生をはじめ、たくさんの先生方
女子ソフト部、サッカー部、硬式野球部、クラスメートとたくさんの人たちが応援に来てくれスタンドは甲子園並み?の盛り上がり。
見渡すと、主人の友人や近所のおじさんまでが。





この夏一番に近い暑さの中、本当にありがとうございました。

もちろん、結果はこの応援に応えて・・と書きたいところですが

4-0で負けました(涙)


みなさん、申し訳ありません。

しかっし!!

準優勝までは、南九州大会に出場できるのです!
31日、藤崎台球場で鹿児島実業と1時半プレイボールです。

ぜひとも、今日の雪辱をはらし、みんなの応援に応えられるよう頑張ってほしいと思います。


(準優勝おめでとう、パチパチパチ)



  
タグ :軟式野球


Posted by 梅子 at 23:37Comments(12)日記

やりましたね!

2010年07月18日

地元、蘇陽高校も初戦突破しました!!

劇的サヨナラ勝ちだったみたいで、応援もさぞ盛り上がったことでしょうね。

息子の中学の同級生4人が頑張っています。

高校再編のため、蘇陽高校としては、最後の出場となるこの夏。
次も、歴史に名を残す素晴らしい試合をして下さい。

同じく同級生がいる、東稜高校も、2回戦突破との連絡入りました。
おめでとう!


  


Posted by 梅子 at 11:39Comments(3)日記

決勝進出です。

2010年07月16日



やりました、文徳軟式野球部。
2回戦で、春の優勝校ルーテル学院を2-0で下し、
決勝戦進出と南九州大会の出場を決めました!!

という事は、あと最低2回は、大好きな息子のユニフォーム姿が見られるということ。

去年は、残念ながら、2回戦で敗れ、悔しい思いをしただけに、
みんなの喜びもひとしおです。
(去年の記事はこちら)
http://iwashiroya.yoka-yoka.jp/e274132.html

母としては、
どろどろのユニフォームを洗濯してやりたい、
おいしい物を食べさせてやりたいと思うのですが、
寮生活でそれもままならず。

出来るのは、精一杯声を張り上げて、応援することだけです。
(あとブログでの応援もかな)
20日の決勝戦、かあちゃん応援団も頑張りまっせ!!






  


Posted by 梅子 at 21:52Comments(5)日記