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楽しい馬見原商店街♪パート6

2009年06月27日





     交流広場の水飲み場












            消火栓も、街並みに合わせてデザインされています。



急ぎ足で歩けば10分もかからないぐらいの小さな商店街ですが、ゆっくり歩けばきっと素敵なものに出会えます。

  


楽しい馬見原商店街♪パート5

2009年06月25日




イヅノヤさん前に建っているのは、若山牧水の歌碑です。

牧水は、宮崎県の出身で延岡中学(現在の延岡高校)で学んでいます。
その修学旅行(徒歩!)で熊本に行く途中この馬見原の旅館に宿泊したときに、詠まれた句と言われています。

日記には、
「もてなしが大変良い。馬見原はしゃれた町なり。」
と書き残しています。
そんな当時の賑わいを取り戻したいと、商店街一同、洒落た街を目指し頑張っているところです。
歌碑の後は、ちょっとした休憩所になっていて、誰でも自由に摘めるブルーベリーが植えてあります。
まだまだ、青いですが、今年もたくさんの実をつけていますよ。
秋には紅葉もきれいです。


その奥に「水だし茶」で有名な「岩永製茶」さんがあります。
時折、我が家まで、お茶のいい香りが漂ってきます。おうちの裏には茶畑が広がっていて
川の向こう側は、もう宮崎県です。

馬見原は昔からお茶の産地としても有名で、ポルトガルにも輸出していたとか。
馬見原の釜煎り茶、本当においしいです。
我が家に立ち寄って下さった方に、お茶とブルーベリーをお出しています。時には、セルフサービスになるかもしれませんが、ご遠慮なくどうぞ。






田北時計店の前にある懐かしいポスト。
もちろん、現役です。
  


鶴瓶の家族に乾杯 山都町 後編

2009年06月23日

 




分かりましたか?
冒頭、私の横顔ちらりが・・。シャイで控えめな私には、あれが精一杯でした。
でも、あの前に、鶴瓶さんには握手していただいて、ファンサービスの一環として「きれいな人ですね。」のお言葉も頂き、
名前も出てたので、個人的には非常に満足しております。
もう少し、梅子の顔が見たい方がいらっしゃいましたら、馬見原商店街「いわしろや」
でお待ちしておりますので、ぜひ手ぬぐいを買いに来て下さい❤

しかし、偶然ってすごいですね~。
花緑さんが走って来た子供たちを見て
「寿限無(じゅげむ)、知ってるかな~?」と呟かれた時は驚きました。

だって、今まさに息子たち6年生は授業で「寿限無」を覚えているところだったんですから。
毎日毎日宿題で聞かされていて「私も言えます!」と、思わず言いそうでしたよ。
しかも、花緑さんのCDで練習していたらしく、びっくりでしたが、子供達の反応は
「そう言えば、似てるかも・・」ぐらいで感動がなかったらしく、ちょっとお気の毒でした。
でも、この素晴らしい偶然に担任の先生もとっても喜んでいらっしゃいました。

あのあと、子供たちは、とうとう鶴瓶さんに会うことはかなわず、私はいまだに、ゆうとから
「母さんばっかりずるい!」と言われ続けております。ごめ~ん。
(鶴瓶さん、子供たちに会いにまた来てもらえませんか~。)



山都町は、矢部、清和、蘇陽が合併してできた、熊本県で一番大きな町です。
ですから、とっても広くて、残念ながら今回鶴瓶さんが行かれたところの事はわかりません。



ある日、肉の宮部の桜太郎さんより電話がありました。
「おれと桜子、外出しているんだけど、店に英語しかしゃべれん人がなんか取材に来とらすけん、行ってくれる?」
え~、私でわかるんかいな?と不安に思いつつ行ってみると、台湾から来たフォトグラファー兼ライターというかわいい女性がいらっしゃいました。
彼女の質問は「いつから熊本で馬刺しを食べるようになったのか?」「どこで飼育してるのか?」などなど。
私が知るわけもなく電話で桜太郎さんに聞きつつなんとかカタコト英語で説明。
私も、熊本人として大変勉強になりました。

その後、清和文楽館に一緒に行ってもらいたいとのことでしたので、資料館を案内したり
レストランで「だご汁」を食べたり楽しい時間を過ごしました。

やはり、番組の中でも言われていたように、農業もやりながら、文楽をしていたので、
今まで続けることができたとの説明に、記者の方も納得されていました。
芸術だけで食べて行くのはいつの時代も大変だったのですね。





これは、後日送って下さった、私とゆうと(当時一歳)が清和文楽の人形を見ているところが掲載された台湾の新聞です。

清和文楽館は、文楽を観劇できるのはもちろんの事、物産館やレストランもあります。
夏は、期間限定の清和の野菜を使ったおいしいカレーもありますよ。
去年までは、絵本カーニバルも開催されたくさんの子供連れのご家族で賑わっていました。詳しくは、山都町役場もしくは文楽館にお問い合わせくださいね。





鶴瓶さん、花緑さん、山都町に来ていただいて本当にありがとうございました!!これを、読んで下さった方もありがとうございます。

では、山都町馬見原商店街でお待ちしておりま~す!!

番組を見逃された方は、来週月曜日朝8時15分BSでの再放送をご覧ください。
  


Posted by 梅子 at 11:34Comments(10)ようこそ馬見原へ

楽しい馬見原商店街♪パート4

2009年06月22日




今日は、お隣「イヅノヤ」さんにお邪魔しております。

5代目店主、通称こうちゃんに色々とお話をお聞きしました。
イヅノヤさんって何屋さん?って思われた方もいらっしゃると思いますが。
正式名称は「イヅノヤ呉服店」です。
時代の流れとともに、扱う商品も変わり今は衣類全般、寝具など糸ヘンのつくものなら何でも揃っています。
「イヅノヤ」の名前の由来は、今はもうわからないそうです。残念!
このお店の歴史も古く、今年で創業109年です。1900年の創設以来、地元の方々に愛される、なくてはならないお店です。



残念なことに、もう亡くなられてしまいましたが、私が馬見原にお嫁に来た頃、ここにはとっても素敵なおばあちゃんがおられました。
三代目店主の、お球(たま)さんです。明治37年生まれのお球さんは、10歳でここ、イヅノヤさんに養女としてこられました。明治生まれの女!として一本筋の通ったながらも、優しさとユーモアを兼ね備えた方だったと思います。
その、お球さんの書かれた商訓が、店の帳場に掲げてありました。






     商売は芸術である。

明治生まれながらにして、モダンなセンスを持ち合わせた方でした。
また、火伏せ地蔵音頭の作詞をされたり、短歌もたしなまれる教養豊かな方でした。
そんな、おばあちゃんになりたいとつくづく思う私でした。


イヅノヤさんには、ユニークなセールがいくつかあります。
来月7月7日七夕は、毎年恒例の「七夕セール」です。なんと、朝6時から開店、先着?人様に「あさげセット」のプレゼントもあります。朝が早い農家の方々に大好評です。
私は、・・・おきられません。





お店のショーウインドゥに奥さんが作られたかわいい七夕飾りがありました。

短冊には、

「家族みんなが、健康で過ごせますように。」  ふむふむ

「馬見原商店街がにぎわいますように。」    そうですね~


「息子が定職につきますように。」って  お~い!

すべてのお願いごとが、かないますように・・・。



では、今夜の鶴瓶の家族に乾杯~山都町後編お楽しみに!!~

(うちの3男坊主、ゆうとを見つけてくださいね。)

イヅノヤこうちゃんのブログは、「呉服屋店長気のむくまま」です。お気に入りからどうぞ!
  


楽しい馬見原商店街♪パート3

2009年06月19日

馬見原商店街めぐりも、やっとうちの店に辿り着きました。



「岩城屋」は大正元年創業、主人が4代目店主となる建材、金物、日用品の店です。
建築資材から、電化製品、爪楊枝までハン○マンにも劣らない品揃え、地元の人たちのお言葉を借りると
「ここにゃ~うまん(馬の)角以外、なんでんあんな~!!」といわれる田舎のデパートです。
去年、熊本のローカル番組に出させていただいた時、いのしし罠にレポーターの方も、驚いていらっしゃいましたが、普通に売れてます。

戦前は食料品店だったらしく、主人のおじいさんは子供の頃、修学旅行でシイタケなどを持参し、旅行先で売り、そのお金で筍を仕入、今度は馬見原で売ったなどの逸話も残されています。
近くの銅山にも、売店を出していたようで、その頃の台帳なども残っています。





ちょっとこれも、すごいでしょう!「いつの新発売かい!!」とツッコミ入れたくなるしろものです。数週間前まで、店の隅にさがっておりました。たぶん40年間ぐらい・・・。



他にも、我が家で見つけたレトロなグッズを展示しております。






熊本で最初に陸軍大将になられた、林仙之将軍をご存じでしょうか?
林大将は、お隣の旧清和村のご出身で、幼少の頃より神童と呼ばれ、陸軍学校を首席で卒業、そのご褒美として陸軍学校校長の一人娘さんをお嫁さんとして頂かれたそうです。
林大将が書かれた「政清人和」~まつりごと清ければ、ひとおのずから和す~の扁額より
清和村の名前が付けられました。(今の政治家の方々に聞かせたい言葉ですね。)清和文楽館に遺筆の刻まれた記念碑が建っておりますので、探してみてください。

この、林大将の母上が「岩城屋」の娘カソさん(天保12年生まれ)です。
カソさんは、林兼八さん(弘化3年生まれ)と駆け落ちし、5人の子供をなし、それぞれ東大から大蔵省官僚や、安田火災保険(帝国海上火災保険)社長となられるような優秀な方々に育てられたそうです。
岩城屋はその後、子供に恵まれず養子を迎えた世代もあり、その素晴らしい血筋は
我が息子たちには、残念ながらまったく一滴も受け継がれておりません。
でしょうね・・・。




林陸軍大将と弟さん  主人の祖父と父、伯父


観光とは全然関係のない商店も、こんな歴史を聞くとまた違った目で見ることができますね。江戸時代から続く商店街ですから、それぞれの店にいろんな歴史やロマンがあるかもしれませんね。そんな、お話をお店の人に聞きながらののんびり旅も、またあたらしい旅のスタイルの一つではないでしょうか?


そして、そのお隣に磯巾着のようにくっ付いているのが私のお店、創業一年一か月前の
手ぬぐい、小間物 馬見原「いわしろや」  です。
3人もお客さんが入れば身動きとれないぐらいの小さなお店です。
しょっちゅう、店の前を歩いている人が、開店半年ぐらいしてから、やっと気がつてくれたぐらいの店ですので、(さすがにあんまりだろ!!と思いましたけどね。)気をつけてないとすぐに通り過ぎてしまいますよ。
そんな、ちっぽけなお店ですが、私の好きなものばかりが並んでいます。商売人としては失格です。でも、「この店に来るのが、ホントに楽しみなんです。」と毎月お給料が出るたびに、何か一つ自分のためにと買って行ってくださるKさん、「お金持ちになったら、ここのものぜ~んぶ買い占めたい!!」といいながら、おこずかいを握りしめて来てくれるかわいい中学生の女の子、「素敵なお店ですね。」と私と同じ感性を持っていらっしゃる観光客のお客様のうれしい言葉に支えられて、日々を過ごしています。
ず~と昔から我が家にあった箪笥や茶棚たちがディスプレー台として活躍してくれています。主人が小学校の頃、使っていたオルガンも。
馬見原商店街にお越しの際は、ちょっとのぞいて見てくださいね。

では、次回は我が家のお隣、「イヅノヤ」さんなどをご紹介します。
早速、取材にいかなきゃ!!
  


楽しい馬見原商店街♪パート2

2009年06月19日






馬見原商店街はT字の形をしています。
長いほうの通りは、ゆるい坂になっているので、下、中、上組という名前で分けられていたりします。

その坂の一番上の方が、肉のみやべさんで一番下が馬見原橋です
この橋から上に向かって順に馬見原の見どころ、面白いお店などを紹介していくことにしました。
あっ、その手前にもうひとつありました。馬見原橋のちょっと先、道路から下の五ヶ瀬川を覗くと、よ~く探さないと判らないぐらいの小さな小さな石橋があります。
これは、岩永三五郎作、矢部の通潤橋のためし橋です。歴史的にもすばらしいものですが、去年はこの辺にたくさんのホタルが乱舞していました。

馬見原橋は、以前にも紹介しましたが、上が車道、下が歩道になっている二階建ての珍しい橋です。歩道には穴が開いていて川の流れを楽しめます。
夏は涼しい川風が吹き、秋は紅葉に彩られる私のお気に入りの場所です。
でっかいカブトムシを捕まえた(拾った)こともありますよ。
橋の下の岸には熊本名水百選にも選ばれた「明神の本」があり、きれいな湧水がこんこんとわき出ています。ちょっと足場が悪いので、スニーカーがお勧めです。

ちょっと上った、橋に一番近いお店が、先日紹介した三河羊羹の「甲斐商店」さんです。
そのお隣は、「松浦理容」さん。ご両親と若夫婦で頑張っています。お嫁さんは大分竹田より嫁いでこられました。次回の「家族に乾杯」に、うちの三男祐斗と同じ6年生の未奈ちゃんと2年生の妹、美香ちゃんが出演予定です。

交流広場を過ぎると「杉本畳屋」さん、クジラの立田揚げが名物の「中原鮮魚」さんと続きます。

そのお隣が、九州にはもう2軒しかないという活版印刷所「佐藤活版所」さんです。




御兄弟とその奥様4人で店を守っていらっしゃいます。



ひとつひとつ活字を組み合わせていく作業(組版というのだそうです。)は大変なものだと思いますが、パソコンでは絶対でない素朴な味があり、名刺を作りに遠くからもお客様がいらっしゃるとか。
みなさんもいかがでしょうか?


そのお向かいは「藤島書店」さん。もう90歳をこえたおばあちゃんがお店番されていることもあります。とってもお元気で、畑仕事や草取りなどもされていますよ。



そして、その隣が・・・やっと来ました、うちの主人の店「岩城屋」でございます。
次回、紹介させてくださいね~!!


  


楽しい馬見原商店街♪

2009年06月18日



家族に乾杯の放映があってから、連日たくさんの方に桜コロッケを買いに来て頂き
桜子、桜太郎になり替わり、厚く御礼申し上げます。

しかし、馬見原商店街の名物は、桜コロッケだけではありません!!

馬見原橋のちょっと手前に小さな「甲斐商店」さんという食料品店があります。
ちょっと中を覗けば・・・・
そこは昭和にタイムスリップしたような店内。




子供のころ、買い物かごを提げて、お使いに行った事を思い出すような
なんだか懐かしい気持ちにさせるお店です。



実は、ここに隠れた?名品があるのです!!
それは、創業100年、手造りにこだわり続けているおじさんとおばさんが作る

      「三河羊羹」です。






樫やケヤキの薪を使い、出来上がるまでに3日間。昔ながらの作り方でできた羊羹は甘みすっきりです。

店頭には並んでおりません。「こんにちは~。羊羹ありますか~?。」と店先で叫んでください。おもむろに奥から羊羹がやさしいおじさんの笑顔と共にでてまいります。

アツアツのコロッケが揚がる間、馬見原商店街をぶらっと散策してみてくださいね。

まだまだ、紹介したいところがいっぱいです。楽しみにしていてください。
  


鶴瓶の家族に乾杯 山都町 裏話?

2009年06月16日


昨夜は、たくさんの方に「鶴瓶の家族に乾杯」を見て頂きありがとうございました。
鶴瓶さんと花緑さん、面白かったですね~。
あの番組を見て馬見原商店街に行ってみたいと思って頂けたなら、本当にうれしいです。

てっちゃん!お母さんと夫婦と勘違いされ、気の毒?でしたが我が家では大笑いでした。
てっちゃんところは、「熊一」さんという農機具の販売と修理をされています。うちの息子の自転車の修理なんかもやってもらっています。わんちゃんがたくさんいたでしょう。
愛犬茶太郎の出産のとき、てっちゃんは、自分のお嫁さんが出産するかのように、おろおろしてたらしいです。茶太郎って名前から男の子と思ってたんですが・・・。
青年会のホープで、とってもやさしいいい人なのに、なぜかまだ独身。
花嫁大募集中ですので、よろしくおねがいします。

次に馬見原商店街に入ってまず映った、中原鮮魚さん。商工会の馬見原地区の会長さんのお店です。名物は、昔なつかしい「クジラの竜田揚げ」。これを目当てに遠くからもお客さんがいらっしゃいます。但し、金、土曜日限定ですので気をつけて下さい。
私にご連絡いただければ、予約もできますよ。
魚屋さんの隣がうちの倉庫。主人の「岩城屋」と書かれた軽トラックが映っておりました。


残念ながら、私の店は通り過ぎ、次は写真館へ。

田中写真館の息子さんは、今、馬見原小学校の保護者会長さんでもあります。
お父さんは、老人会会長で、うちの義母もお世話になっております。ちなみに、老人会の行事でとっていただく写真はいつも、ばっちりです。


クリーニング屋さんの前で、花緑さんの事を知らなかったおばさまは、私がいつも一緒に小旅行に行っているよしこちゃんのお姑さんでした。床屋さんをされていまーす。

そして、いよいよ私のブログにいつも登場している、桜太郎、桜子さんのお店、
肉のみやべさん!!
桜太郎さん、全開で飛ばしておりましたね。そう、あの娘さんの写真、私も何度見せられたことか・・。でも、ほんとにきれいですもんね。
あと熊本市内の高校で頑張っている長男さんがいます。

ご主人が奥さんに電話したとき私にも連絡くれました。
「今、すごい人が来とるけん、すぐ来て!!」
内心「はあ~なに~。」と急いでお店に行くと店内に鶴瓶さんたちがいたのでした。
「優子と結婚してよかった~。」な~んてのろけている二人の後ろ、店の外で観光客の方たちに一生懸命、町の見どころを説明している私、梅子の後姿が映っておりました。
本人しかわからんちゅ~の!!

去年の夏、若い女性の一人旅のお客さがふらっと店に立ち寄られました。
「○○○に行ってきたけど、人がいっぱいで・・。ここは本当に落ち着きますね。」

商店街としては、あんまり静かで落ち着いていても困るんですが、宮部さん夫妻が
桜コロッケを売ることによって生まれる色んな方との出会いが本当にうれしい。」
と言われたように、一人ひとりのお客様とゆっくりお話ができるところがこの商店街の素晴らしいところだと思います。

ぜひぜひ、この夏、馬見原を訪れられた際は、肉のみやべさんの前や岩城屋店内にある無料休憩所もどうぞご利用ください。皆様との出会いを楽しみにしております。


来週は、馬見原の子供たちが出ます。忘れず見て下さいね。よろしくお願いしま~す。





  


Posted by 梅子 at 09:22Comments(17)ようこそ馬見原へ

お帰りなさい

2009年06月15日

テキサス、サンアントニオ市より帰国中の弟家族に会いに、実家へ帰ってきました。
数年ぶりに会う弟の額の面積の拡大に、月日の流れを感じた私でした。

三男だけが、お伴として付いて行きましたが、ひとつ違いの甥っ子とは、最後までなんとなくぎこちない感じでした。

まあ、数年に一回しか会うこともないので仕方ないのですが・・。

国民保険のないアメリカでは、子供がベッドの角で頭を切った時、ちょっとした治療で10万円の請求が来たと前の帰国の時聞いてびっくりでしたが、今回も算数の宿題を見てやるのに九九がないので、どうやって教えていいのか悩むとか、色々日米の違いを興味深く聞きました。

また、2年後の帰国まで元気に頑張ってほしいものです。


いよいよ、家族に乾杯の放送が本日となりました。
お楽しみに。来週も見て下さいね。
  


Posted by 梅子 at 13:59Comments(2)日記

ありがとうございます❤

2009年06月11日

先日は、桜子さんのお誕生日に皆さんからの温かいメッセージをたくさん頂き
感激でした。
桜子さんになり替わり、厚く御礼申し上げます。

昨日桜子さんのご主人、桜太郎さんが
こんなものを書いてきてくれました。





ほんとに、ありがたいですね。応援してくれる人がいるって。
ちょっと、恥ずかしいですが額にいれて飾りたいと思います。

  


梅子と桜子

2009年06月08日

今日は、私の馬見原(まみはら)での一番のお友達、桜子さんのお誕生日です。

何歳になったかは、内緒ということで・・。

実は、熊本ではかなり有名な、桜コロッケ(馬肉のコロッケ)の開発者でもある彼女の
HNが桜子というので、「じゃ私は梅子にしとくわ。」ということで、私は梅子となったのでした。(でも彼女、パソコンができないので未だブログデビューはしておりません)

彼女は24年前、私は19年前に、それぞれ他所から、この馬見原の商家に嫁いできました。お肉屋さんと、金物屋で商店街仲間の主人同士仲が良かったことや、年も同じだったことから、すぐにお友達になりました。

でも、本当に一番の友達になったのは、数年経ってからでした。

とにかく、常に前向きな彼女は、私の憧れでもあります。そして、とってもがんばりやの働きものです。なのに、いつも美しく、おしゃれも忘れない素敵な女性です。
私は、なんとか、彼女においていかれないように、必死でついて行っているのです。

熊本景観大賞を頂くぐらい素敵になったこの馬見原をたくさんの人に訪れてもらいたいと、彼女はお肉屋さんの隣に焼肉屋さん「三十二番」をオープン、私もその一か月前に金物屋の隣で雑貨屋を始めました。この、大変な時代、気分が落ち込むこともありますが、お互い励ましあいながら頑張っています。

愚痴や弱音をお互い聞きあったり、アドバイスしあったり、今ではなくてはならない存在です。
何か、きれいなものや、面白いものを見つけたりおいしいものに出会ったりすると、まず「桜子さんに教えたい、食べさせたい」と考えてしまいます。

先日、とってもいいものを偶然見つけました。




それが、この「梅子桜子」という梅酒です。


この「仲良し」とタイトルの付いているラベルがまた大正ロマン的で、「三十二番」のお店にもぴったりじゃないですか!
早速注文しました。実は今日のお誕生日にあげたかったのですが、着いたその日にどうしても我慢できなくて、二週間程前に持って行きました。
とっても、喜んでくれたので、本当によかったです。

桜子さん、あなたに出会えたことを、心から幸せに思います。
これからも、よろしくね。
お誕生日おめでとう!     
 梅子より


みなさん、桜子さんに会いに馬見原に来ませんか。とっておきの笑顔で迎えてくれると思います。遠くて行けないという方、来週6月15日、夜8時からNHKの鶴瓶さんの
「家族に乾杯」に桜子さんが出演します!!ぜひご覧くださいね。
うちの三男も、「じゅげむ」を言っている所が次週22日にたぶん出ます。梅子も、ちらっとぐらい出るかもしれません。探してみて下さい。
  


この路地の先に・・その8

2009年06月01日





                     親切に道案内をしてくれた地元の漁師のおじさん







お待たせしました。大昔の旅のお話の続きです。
スペイン編


ここコンポステーラにいる間、ほんとに雨ばかりだった。
降ったり、止んだりを繰り返す天気のせいで、日本にいるときは、一年で一回見るかどうかの虹を、一日うちに何度も見ることができた。


今日は、ラ・コルーニャという町に行ってきた。
この町の人は、本当に親切で優しかった。豊かな雨とそれに育まれる緑、そして美しい海のせいなのだろうか。




ガラスの街と呼ばれているマリーナ大通りで出会った地元の漁師の太っちょおじさん。
英語は出来ないと言いながらも、一生懸命この街の見どころを話してくれて、とうとうサン・アントン城まで連れて行ってくれた。
アントン城では、見学に来ていた大学の先生らしい人と学生さんが時間を割いて、博物館を案内して色々な事を説明してくれた。
16世紀に要塞として建てられた城だが、ローマ時代のものなども展示されていた。
一番印象に残っているのは、城の地下にあった牢屋だ。
潮が満ちると、囚人は溺れ死ぬ仕組みだとの説明に背中がぞっとした。



二人にお礼を言い、エルクレスの塔へ向かう。坂道を上ると、そこには大西洋が広がっていた。
この塔は、なんと2世紀ローマ時代に建てられた灯台だ。
18世紀に外部の修復がなされてるとはいえ、2世紀の日本って何時代?




荒れた大西洋から吹きつける風は冷たかったけど、地図を広げただけで、「どこへ行きたいの?」と話しかけてくれる人たち
、帰りに間違ったバスに乗った私たちを正しい路線まで無料で乗せって行ってくれたバスの運転手さん、
やさしい日本びいきのホスタルSUSOのおじさんとお兄さん。
そんな人たちとの出会いが私達の心をぽかぽかにしてくれた、なんだか心温まる一日だった。

この街にずっといたい気がするけど、明日はまた次の町へと出発だ。まだまだ、先は長いのだから。


お話の続きはまたいつか・・・。





  
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