この路地の先に・・・その1

2009年03月11日



本日の熊日新聞、ご覧頂けたでしょうか?

美麗世代に馬見原の特集が載っております。
若山牧水の歌碑の写真の下に小さな店が写っている写真がありますが、実はそれが私の店です。

ちょうど、店のほぼ向かいにその歌碑があり、周りにはブルーベリーや紅葉の木が植えてあり、後ろには宮崎県の山々が見えるとっても眺めのいいところなんですよ。ぜひ、馬見原散策においで下さいね。


話は変わって
今日から、超方向音痴なくせに、
「この路地の先にはまた素敵な景色や出会いが・・」と
世界のあちこちで迷子になった若かりし頃の私の珍道中物語を不定期でお送りしたいと思います。





会社の皆さんに別れを告げたその足で、私はレンタルショップに行き、でっかいリュックを借りた。アパートに戻り、今までコツコツ準備して畳に並べておいたものをそのリュックに詰め込み、背負ってみた。

「・・・・立てない。」再び荷物を必要最低限に絞りこみ、なんとか背負えたものの、歩いて5分ほどの最寄りの駅まで歩けるか一抹の不安を抱きつつ明日に備え、早めにベッドに入った。

翌朝、博多駅で実家の父への手紙を投函。
「この間、お見合いした人には断りの連絡入れておいてください。しばらく、ヨーロッパに行ってきます。」地震、雷、火事、親父が未だ健在の我が家では、父に言われるまま行ったお見合いであったが、どうも気が進まなかった。母を早く亡くした一人娘を、さっさと嫁にやって、ほっとしたい父の気持はわかってはいたが。
そんな時、同じ会社に同じ派遣で働いていたH美さんと旅行に行こうということになったのだ。父は当然一週間ほどの旅だと思っていたらしく、それから約2か月間行方不明になった娘を一時は死んだとあきらめたと後で聞かされ、悪かったとは思いつつも言えば許してくれるはずもなかったのだから、まあ仕方がない。帰ったとき怒られるのを覚悟で、H美さんと二人スペインに旅立った。

貧乏旅行の私たちは、一番安い○○○フロートのチケットを買っていた。(後でアメリカ人の友人にその話をしたら、信じられない!って顔をされたぐらい悪評の航空会社だった)
モスクアのトランジットホテルは最悪だったけど、窓から見たツンドラの平原に沈む夕日は、今でも忘れられないぐらい大きく美しかった。


翌日、モスクワを立ちスペインに向かったが、さすが○○○フロート、トラブルのため空港でさんざん待たされ、午前中には着くはずだったのに、マドリッドに到着したのはすでに夜中に近かった。
そこで、困ったことに気が付く。空港の銀行で両替しようと思っていたので、私たちはスペインのお金を1ペセタも持っていなかった。しかし、銀行はとうに閉まっている。これでは、タクシーにも乗れないではないか。
知っているスペイン語は1から10までの数字と「オラ!(ハーイ)」、「グラシアス(ありがとう)」と「アミーゴ(友達)」程度のひどいレベル。どうすんだよ~!!



ラマンチャの丘にたたずむ女   (ちょっとカッコ良くないですか)

                            続きはまた今度・・・。







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