スポンサーサイト
積雪40センチ?!
2010年12月31日
こんな、年越しは初めてです。
昨日は、あちらこちらで、立ち往生した車が道をふさぎ
交通止めになってしまいました。
年越しの準備も、そこそこに、雪かきです。
それでもお正月はやってきます。
潤★18さん作の、クリスマスリースをお正月風にアレンジ。
竹屋の兄が送ってくれた門松に花を飾り、なんとか、お正月がやってきそうです。
今年一年間、大変お世話になりました。
みなさん、良いお年をお迎えください。
今朝の景色
この寒い中、野球です。
2010年12月25日
クリスマスおめでとうございます!
こちらは、今朝から、粉雪が舞い、屋根にはうっすらと積もっております。
こんなに寒いのに、三男は藤崎台球場で、野球の試合です。
中学生にとっては、憧れの藤崎台。
先ほど、先発ピッチャーに指名されたとの電話が主人からありましたが、
最近ほとんど練習してないのに、大丈夫かな~。
大丈夫じゃないだろうな~。まあ、できたしこです。
それにしても、今日は朝6時出発なので5時半に起きると言っていたのですが、
主人が間違って4時半に起こすもんだから、それから眼が覚めて寝むれませんでした。
張り切り過ぎだろっ!!
まあ、私はベッドの中から、「行ってらっしゃい」でしたけど。ははは・・・。
こちらは、今朝から、粉雪が舞い、屋根にはうっすらと積もっております。
こんなに寒いのに、三男は藤崎台球場で、野球の試合です。
中学生にとっては、憧れの藤崎台。
先ほど、先発ピッチャーに指名されたとの電話が主人からありましたが、
最近ほとんど練習してないのに、大丈夫かな~。
大丈夫じゃないだろうな~。まあ、できたしこです。
それにしても、今日は朝6時出発なので5時半に起きると言っていたのですが、
主人が間違って4時半に起こすもんだから、それから眼が覚めて寝むれませんでした。
張り切り過ぎだろっ!!
まあ、私はベッドの中から、「行ってらっしゃい」でしたけど。ははは・・・。
タグ :藤崎台球場
先生、ありがとう。またね。
2010年12月16日
高森キリスト教会の宣教師、ユーレラ・スプア先生が、昨日亡くなられました。
86歳のご生涯でした。
60年前の戦後間もないころ、戦争で荒んだ日本人の心にキリストの愛を伝えるため、
カナダより来日され、神様に自分の人生の全てを捧げ、
日本人の為に、ご奉仕し続けてくださいました。
いつも笑顔で、時には母のように、時には姉のように、
誰にでもわけ隔てなく接してくださっていた姿を、
みんな、けっして忘れることはないでしょう。
本当に、数えきれない人たちが、スプア先生から愛をうけ、
先生を通して、沢山の人が救われました。
「私のお葬式の時は、大好きな神さまのもとに帰ったのだから、
泣いたり悲しんだりせず、みんな、派手な服を着て来て、一緒に喜んでね。」
とおっしゃっていた先生。
今日は、ちいさなお別れの会がありましたが、私も普段着で出席しました。
先生の好きだった讃美歌や聖歌を歌い、みんな、ちょっぴりの涙と笑顔のお別れでした。
先生らしく、ご遺体は、遺言通り、大学医学部に献体されました。
最後の最後まで、日本人の為に尽くして下さった先生に、心より感謝申し上げます。
また、いつかお会いできる日を楽しみにしています。
86歳のご生涯でした。
60年前の戦後間もないころ、戦争で荒んだ日本人の心にキリストの愛を伝えるため、
カナダより来日され、神様に自分の人生の全てを捧げ、
日本人の為に、ご奉仕し続けてくださいました。
いつも笑顔で、時には母のように、時には姉のように、
誰にでもわけ隔てなく接してくださっていた姿を、
みんな、けっして忘れることはないでしょう。
本当に、数えきれない人たちが、スプア先生から愛をうけ、
先生を通して、沢山の人が救われました。
「私のお葬式の時は、大好きな神さまのもとに帰ったのだから、
泣いたり悲しんだりせず、みんな、派手な服を着て来て、一緒に喜んでね。」
とおっしゃっていた先生。
今日は、ちいさなお別れの会がありましたが、私も普段着で出席しました。
先生の好きだった讃美歌や聖歌を歌い、みんな、ちょっぴりの涙と笑顔のお別れでした。
先生らしく、ご遺体は、遺言通り、大学医学部に献体されました。
最後の最後まで、日本人の為に尽くして下さった先生に、心より感謝申し上げます。
また、いつかお会いできる日を楽しみにしています。
サハラ砂漠
2010年12月09日
この先の路地に・・・その32
トードラ谷から帰って、今度は、サハラ砂漠へ連れて行って貰える事になった。
彼が連れてきた運転手の名前は、モハメッド。そういえば、名前を書いてなかったが、私たちを泊めてくれたのも、モハメッド。
お互い、モハメッドと呼び合っていた。ややこしい~。
モロッコでは、一家に一人は、モハメッドがいるらしい。
というわけで、道で、「モハメ~ッド!!」と呼べば、半分ぐらいの人が、振り向くのだ。
ん~やっぱり、ややこしい。
運転手モハメッドは、運転技術はいまいちだけど、見るからに人がよさそうな人物で、
信仰深く、時間になると、車を止めて、ござを持って走り、
メッカの方向に向かってお祈りを欠かさなかった。
しかし、いかんせん、車がぼろ。
エンストはするし、大丈夫なのか?ちょっぴり、不安。
周りは、草がまばらに生えている準砂漠へと入ってきた。
あれは、野生のラクダの親子?

砂漠に入り、しばらく行くと、ついにタイヤが砂に埋もれ、動かなくなってしまった。
ひえ~、私はこんな所で、サハラの砂と化すのか・・・。
風が強くて、砂嵐も起こり、巻いてくれたターバンが、とっても役にたった。
砂漠の強い日差しや、砂から守ってくれるターバンは、砂漠の民には必需品だと、身をもって体験できた。
みんなで、必死で車を押す。
「ほら、あそこに、蜃気楼が見えるだろう。」なんて言われたけど、見えるような、見えないような。
なんとか、砂から脱出し、砂漠の中の小さなホテルへと到着したときは、あたりはもう暗くなっていた。
トードラ谷から帰って、今度は、サハラ砂漠へ連れて行って貰える事になった。
彼が連れてきた運転手の名前は、モハメッド。そういえば、名前を書いてなかったが、私たちを泊めてくれたのも、モハメッド。
お互い、モハメッドと呼び合っていた。ややこしい~。
モロッコでは、一家に一人は、モハメッドがいるらしい。
というわけで、道で、「モハメ~ッド!!」と呼べば、半分ぐらいの人が、振り向くのだ。
ん~やっぱり、ややこしい。
運転手モハメッドは、運転技術はいまいちだけど、見るからに人がよさそうな人物で、
信仰深く、時間になると、車を止めて、ござを持って走り、
メッカの方向に向かってお祈りを欠かさなかった。
しかし、いかんせん、車がぼろ。
エンストはするし、大丈夫なのか?ちょっぴり、不安。
周りは、草がまばらに生えている準砂漠へと入ってきた。
あれは、野生のラクダの親子?
砂漠に入り、しばらく行くと、ついにタイヤが砂に埋もれ、動かなくなってしまった。
ひえ~、私はこんな所で、サハラの砂と化すのか・・・。
風が強くて、砂嵐も起こり、巻いてくれたターバンが、とっても役にたった。
砂漠の強い日差しや、砂から守ってくれるターバンは、砂漠の民には必需品だと、身をもって体験できた。
みんなで、必死で車を押す。
「ほら、あそこに、蜃気楼が見えるだろう。」なんて言われたけど、見えるような、見えないような。
なんとか、砂から脱出し、砂漠の中の小さなホテルへと到着したときは、あたりはもう暗くなっていた。